【第482回】田辺剛(下鴨車窓主宰、劇作家・演出家)

「キャビンホール」という小さな劇場があった。天神のあたりか、そこで観たのは如月小春の『ロミオとフリージアのある食卓』だ。上演した劇団の名前までは覚えていない。というのもそれは25年前のこと、当時のわたしは高校生でいわゆる小劇場演劇に興味をもって福岡市内で上演されているものを見て回っていた。ちなみにぽんプラザはまだその頃にはない。

 最前列に座った。手を伸ばせば届くほどの舞台の近さにドキドキした。紙を手にした男優がわたし目の前に立っている。額に光るものが見えた。汗が流れている。ていうか汗だくだ。これを熱演というのかとわたしはその俳優を見つめた。

 震えている。手に持った紙がプルプルと震えている。緊張してるんだこの人はとわたしは息を飲んだ。物語よりも舞台そのものに釘付けになったわたしは舞台が生々しい身体によって成り立つことを知った。演劇に幻滅するどころかその興味はより強くなった。

 福岡で公演をするときはその頃を思い出す。当時のわたしのように未知なものへの好奇心を持つ人と出会えるだろうか。わたしの作品の俳優は何かを持っても手は震えないけれど劇場で演劇と物語の奥深さに触れてもらえればと思う。

下鴨車窓 田辺剛(劇作家・演出家) 



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